時の風景・・・Rumiko

人生の砂時計は…流れ続けています。ブログは私の「時の風景」です。

プロフィール

Rumiko

Author:Rumiko
砂時計からイメージした
時の流れは・・・
心模様の絵となりました。
これからの人生は
絵にこだわらず
もっと自由に・・・
生きることを楽しみながら
表現し続ける人に
なれたら…と思います。

  • 時は流れて…

絵を描く人は、なぜ絵を描くようになったのか…
きっかけはそれぞれ違うのでしょうけど
その人たちに尋ねることはありませんでした
(いえ…よくよく考えたら、教えてくれた人がひとりいましたが)

私のまわりには仲間として、たくさんの絵を描く人たちがいます
プロの画家・現代美術のアーティスト
美術の教師をしていた人も…
私のように、個展やグループ展で発表していても
画家とは言えない類の人もいたりする…

かと言って絵を描いていることを
「とても良い趣味ですね」 なんて言われると
どうしようもない違和感を感じながら
返す言葉がなく、黙ってうなずくだけの自分がいるのです

慣れない仕事に疲れる日々を過ごしながら
自分にしかできないことをしたい
生きていることの証を残したいという欲求が生まれた若き日に

いったい何ができるの…?と自問自答して
自然にこころの中から湧きあがってきたのが
絵を描きたいという想い…それは20歳の時でした

電話帳で調べて行ったのが…もあれ画塾 (その頃住んでいたのは盛岡市)
やっとその場所を見つけたのに
すぐに戸を開けられず、何度も前を行ったり来たりして
深呼吸して、やっと開けたのが、絵の始まりでした

黙々と石膏デッサンをしている人が数人いて
漂う空気に、緊張感と心地良さを感じて
自分の求めていた場所に、やっと辿りついたような気がしたのです

何度か通っているうちに、自然に仲間の一員になっていました
画塾が終わってから、夜遅く喫茶店でおしゃべりしたり
スケッチ旅行に行ったり (陶芸体験旅行に行ったことも…)
その後ギャラリーを借りての「もあれ展」に年一回出品してました

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   (1975年のモアレ展の懐かしい写真・23歳の時…接写って難しい)
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思い出すと、夢中に過ごした青春時代
こころの中にたくさんの想い出はあるけれど
絵を描く原点だったあの頃は、私にとって宝物のような時間です
残念ながら…もあれ画塾は通って3年ほどで、事情があって閉じられてしまいました

仲間の中で、特別仲良くしていた友人ふたりとは
その後も途絶えることなく…昨年、数年ぶりに会うことができました
時を超え、あの頃と変わらずに
彼女たちと、心通わせることができることを嬉しく思います

結婚していわき市に住み、子育てで中断しましたが
再び描き始めて、すでに25年
描くことが苦しくなり、何のために描くのかわからなくなったことも…
迷ったり悩んだりしながら描き続けてきましたが
いま…自分をつくるために、描いているのだと思えるようになりました

時には仕事・家族・友人・読書・興味のあるあらゆることに
こころも時間も捉われて(それも楽しく大切なことですし…)、描けない時もありますが
すべてが、自分をつくってくれているのだと思います

自分が納得する、生きている証の絵は
何時か自分がつくられた時に
自然に生み出されると信じています

「自分がつくられるなんて、あり得るの…?」
心の奥のつぶやきが、聞こえる時もありますが
人生それなりに、生きているのですもの
「信じていれば…きっと!」 ですよね…?





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コメント

いい文章ですね。
「・・・宝物のような時間」
「・・・自分をつくる」
それぞれ人生があっても、ウンウンと頷きますね。

外国に生活しているとき、油絵を描きました。動機は、絵画を欲しいと言う人がいて、それで挑戦しました。
絵画の基礎も、基本的技術も、なにも持ち合わせてはいませんでしたので、全くの無謀でした。

最初にシーツを買って、材木で枠になる木を手に入れて、それにシーツを貼って、次にペンキを塗りました。これで、画板の出来上がりです。
3畳ほどの大きさですが、デッサンだけで半年かけてゆっくり、丁寧に、まさに「宝物のような時間」でした。
もらってくれた人は、ライトを壁につけて本格的に飾ってくれました。
私のようなド素人でも描いているときは、全身全霊ですから、もっても1時間でした。
時間を忘れて、没頭と言うことはありませんでした。

このとき知ったことですが、絵画は生き方というか、それまでの人となりといいますか、その人の生きてきた歴史が全部出てしまうものだと感じました。
このときから、絵画を見るときは、巧い下手ということより、人生における品のような感覚に惹かれるようになりました。

その後、3つほど描きましたが、帰国してからはもう絵画から離れています。


ご丁寧なコメントをいただき、ありがとうございました。
初めてなのに…3畳ほどの絵を描かれたとのこと、とても驚きました。
でもきっとそれまでに、こころの中にはたくさんの絵を描いていらしたのではないかと思いました。

確かに、絵にはその時の自分が正直に表れてしまいます。
未熟な自分の絵を、やっと受け容れられるようになったのは、最近のことなんですよ。
今は、自分をつくる途中の道を歩みながら…自分のペースで描き続けていきたいと思っています。




  • 04月 22 2013
    • 2013/04/22(月) 15:34:06
    • [ 編集 ]
    • URL
    • Kota-
絵を描く理由が分からないまま時を過ごされやっと今描く事の意味を知る・・・それも曖昧なものでその時の感情などでまた分からなくなる・・・そんな想いがこれからも続くんでしょうね・・・でも、それで良いんだと思います。自分の写真の目的は人に提供する事と明確なのですが、仕事を離れた自分写真は同じ様に何を表現したいか分からなくなる時が有りますが、そんな時何時も思います、理屈無しに撮りたいから撮るという簡単な事で納得します・・・常に写真にメッセージを込めるなんて不可能だと思うし、無理にメッセージを込めなくても自然に想いがシャッターを切らせるものだと信じていますよ。

若い頃は今同様、お奇麗でしたね(笑)
kotaさん、私の性格ゆえ…自分のつくり出すものに意味を見い出したくなるようです。
もっと自然体でいいのかも知れないけれど
自分をつくるため…と思うことが、気持ちを楽にしてくれることを
最近になって気づいたんですよ。

歳を重ねた私に、言葉のプレゼント…ありがとうございま~す!

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